異常以上

ああ、一度書いたのに消えてしまった。

何を書いたかというと、再現不可なのだが、ノーパン喫茶の女王や初体験が中二だとか、男社会の氾濫する女性への性商品化は女権社会復権阻止のための陰謀だとか。あるいは、金髪男女の獣姦ものとか、白黒のエロ写真とか、ウイークエンダーの再現ドラマとか。

で、結論は、異常にならないほうが異常な環境の中で、俺達は大人になっていった、ということであった。

そしてまた、異常という言語も、異常は異常ではないということを隠匿しているのではないかという問題が浮き彫りになりつつある。正常が異常でしかありえない現状では、異常であるという状況によってしか興奮できないのである。全部イメクラとはそういうことである。(多分性産業においてはそのことは当たり前で、既に次の展開を考えていると思われる。能力の無い経営者はより異常な環境へ走るしかないのであろうが、次にくるのは質の違いだと思われ)
だから、自分の性癖が異常(だと思われるようなもの)であっても、それは正常で、悲観する必要も、特別視する理由も無いということである。
Aという行為、状況でしか勃起しないとしても、勃起するという一点で全て繋がっているのである。Aが例えば、他者に破滅的ななにかをもたらすものであるのなら、それは社会的に病気として排除されるということでしかない。あるいは、Aが社会を脅かすようなものである場合も然り。そういうことである。以上。